ある日、構造家多田脩二さんから「新関謙一郎さんっていう建築家ご存知ですか」といわれ、紹介していただいたのがきっかけとなっている。多田さんはそれまでに私が手掛けた本を見てくれていて、「新関さんとやったらおもしろい」と思って推薦してくれたのだろう。会ってすぐ分かった。この人はすごい建築家だと。
この本は、図面集というお題に対して、新関さんが出した回答である。
イメージは料理本と重なる。素材や調理法などが一体となったものが料理であって、それも建築は同じではないか。空間はどういう素材で、どのようにつくられ、暮らしやすいプランニングであるか、光がどのように入るか、植栽はどのようで大雨の日に流れ落ちてこないか、などが緻密に考慮され、それらが混然一体となっているものである。
空間を伝える写真は、料理の写真がおいしそうに見えるかどうかが重要であるのと同様、何かおもしろそうだと興味や関心をそそるものであればそれでいい、と考えた。もし、空間のつくり方が知りたければ、レシピ=図面を見てほしい。そこに素材や寸法、ディテールまで書いてある。最初は写真だけでもよくて、10年後くらいに思い出したように図面を見返してくれればそれでいい…。そんな願いが込められている。
このような構成にすることに不安がなかったわけではない。でも、これでよいと確信がもてたのは、実際に新関謙一郎さんの建築をいくつも見ることができたからだ。一目見て、そのあまりの美しさに息を呑んだ。一転、内部空間になるととても居心地がよかった。数段の高さ変化や奥に導くような光、展開の妙に思わずうなった。と同時に、いずれのクライアントも素晴らしく住みこなしていた。あるクライアントは、「住んでいると、新関さんが打ち合わせのときに話していたことがスッと理解できるんです。完成する前はよく分かっていなかったのですが、日々、新関建築の哲学を感じるんです」と仰っていた。
それ以降、迷うことなく、あの体験をどのように本に伝えられるか、という一点に絞って試行錯誤していたように思う。
この本をつくれる幸運に感謝し、
こういう本をつくるためにこの仕事を選んだのかもしれない、と
いま思っている。