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1998年2月から18か月間の出来事

鈴木 啓(構造家・鈴木啓/ASA主宰)

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「せんだいメディアテーク」の現場で過ごした18か月間は、今でも私にとって宝物となる経験でした。1998年2月1日、佐々木睦朗構造計画研究所の担当者として構造設計監理をするため、仙台へ転居しました。今から、ちょうど20年前のことです。現場に到着するなり、怒涛の日々でした。鉄骨ロール発注のために待ち構えていた施工図が山のようにあり、朝から深夜までチェック三昧の日が続きました。「メディアテーク」で一番の大きな山は、鉄骨工事です。そのため、鉄骨ファブはオールスター体制でした。チューブ柱は鋼管が得意な川崎重工。鉄板サンドイッチスラブは、建築ファブの秋田の東光鉄工、造船会社の石巻のヤマニシ、大型製缶製品を得意とする熊本県八代市の横場工業の3社が担当しました。鉄板サンドイッチスラブの6フロアを各工場が2フロアずつ担当しますが、主に鉄板を溶接していくため、造船や製缶工場も参画しました。現場溶接と施工図作成は、気仙沼の造船工場の高橋工業です。それぞれが持つ技術と経験と知見を、フルに活用していく作戦です。メディアテークの現場溶接長は、合計28万m(6mm換算)という膨大な量で、定禅寺通りに面した敷地が、あたかも造船ドックになったかのようです。

チューブ柱も、鉄板サンドイッチスラブも、通常の鉄骨精度基準が適用できません。着工後すぐに熊谷・竹中らの建築JVと許容精度を決める鉄骨精度基準検討会を行い、定期的に続けていきました。施工側はできる限り許容誤差を大きくしたい。それに対して、設計側は管理許容誤差を3mm以内と非常に厳しい精度を求めました。これには理由があります。チューブの中にはさまざまな設備配管が貫入され、EVや設備をうまく納めるのに必要な精度だったのです。同様にサンドイッチスラブも外装の取り合いのために厳しい精度が必要でした。



さあ、いざ本番です。
海草をイメージしたHP形状のチューブ柱と極限まで薄くした鉄板サンドイッチスラブの工事がいよいよ10月中旬に始まりました。7月に始まっていた地下1階に立つ鋳鋼製ピン脚部の0節柱も、ローラー支承を持つ1階床の鉄骨梁も順調に進んでいました。直径9m前後のチューブは、現場搬送のために8つ程度に分割して製作し、工場で仮組みし、現場で再度組み直して溶接していきます。耐震性の高いラチス形状のチューブですから、非常に剛性が高い架構です。それでも精度測定の度に誤差の数値が変わりますし、現場溶接による歪みでもチューブ柱が動いてしまいます。それほど溶接による収縮力は強いのです。鉄板サンドイッチスラブは、1フロアが約50m×49mと大きさで、上下の鉄板は6~25mmを応力やたわみに応じて使い分けています。鉄板が厚いと現場溶接量も多くなり、溶接歪みも大きくなります。チューブ周りの厚板のサンドイッチスラブは、チューブ同様に工場で仮組みしましたが、50m四方を溶接で一体化すると、チューブ以上に溶接量が多いため、床が跳ね上がってしまいました。ある程度の精度誤差を想定していましたが、現場溶接の歪みによるサンドイッチスラブの変形は想定を大きく超えるものでした。



ここで、鉄骨精度基準制定検討会は鉄骨精度修正検討会へと変わりました。1998年12月から翌年1月にかけて、連日、皆で対策を協議していきました。検討会初日は夜を徹して12時間以上も協議したり、週に4度も打合せを行ったりしました。その間、現場の鉄骨工事は完全にストップです。1か月近く対策と修正方法を協議していきましたが、最終的な修正法は、造船ドックと同じく、溶接するだけでなく加熱矯正も現場で行なうというものです。「メディアテーク」の現場でも、加熱矯正で鉄にお灸をして、水で冷やしながら、歪んだ鉄板を直していきました。これは非常に手間がかかるため、現場での加熱矯正を生じさせないように事前検討を進めていたのですが、最終的には対応せざるを得ませんでした。川崎重工の中でも神業的な特殊技術を持つ専門の技能者が、丁寧に加熱矯正による歪取りを行っていきました。

2階サンドイッチスラブの工事を終えた頃には、溶接でどの部位にどの程度の歪みや変形が生じるかをある程度把握できるようになり、事前に想定した寸法で設置しました。その後は、スムーズに作業が進むようになり、上階では加熱矯正する頻度も格段に下がりました。それだけ手間をかけてできた鉄板サンドイッチスラブです。特に、2階のサンドイッチスラブ下面は鉄板現しの天井で、一番の見せ場です。現場溶接痕の“うらなみ”と、溶接縮みによる“痩せ馬”の美しい痕跡が1階ロビーから見上げると、見えてきます。“うらなみ”は、工場で搬送できるサイズに製作して、そのピース同士を現場で溶接した痕です。セラミックを使ったうらなみ溶接なので、現場溶接の裏当て金がありません。“痩せ馬“は、下面の薄い鉄板の座屈防止の補剛リブを工場で取り付けた歪みの痕です。ぜひそこにも目を凝らして注目してほしいです。



工事中は鉄骨がむき出し状態ですから、気温の変化で鉄が伸び縮みし、どこからともなくパーンと乾いた音が響いてきました。鉄板スラブもチューブ柱も、気温の変化で毎日生きているかのように動きます。このときに、“鉄は生きている”ということを実感しました。
2階の鉄板サンドイッチスラブの工事を終えて、少しですが頂上が見えてきました。当初の工程の数倍も掛かりましたが、あとはこれを繰り返すだけです。私も3フロア目の5階スラブ工事が順調に進むのを見てから、18か月の常駐を終えて東京に戻りました。



今でも戦友である設計者と施工者のメンバーとは、毎年、東京に集まって当時のことを語り合います。

                                鈴木 啓

鈴木 啓(構造家・鈴木啓/ASA主宰)

1969年 神奈川県生まれ
1996年 東京理科大学修士課程修了
1996年 佐々木睦朗構造計画研究所
2001年 池田昌弘建築研究所
2002年 鈴木啓/ASA設立