建築の本をつくるしごと

建築の魅力を真摯に伝えるために

 当サイト「Architectural PRIDE 建築の本をつくるしごと」は、出版社のオーム社で建築本を担当している企画・編集者/ 三井渉によって発信されるWebサイトです。

 学生時代、私は本を通して建築を好きになりました。読む側からつくる側になったとき、自分がつくる本を手に取ってくださった人には、少しでも建築を好きになってくれればと思いを込めて本をつくっています。本づくりは短いもので1年。長いもので数年かかります。手に取ったときの重み、紙の手触り、めくる紙のコシ、インクの載り……。それらが織りなすものづくりは大変に奥深く、また楽しいものです。

 当サイトでは、著者からのメッセージや本づくりの裏側など、編集者だから発信できる情報をお届けします。さらに、建築家や建築史家などの方々にご協力を仰ぎながら、「建築について考える」と題してまとめた“論考”や“レビュー”を定期的に掲載していきます。

 読者の皆さん、建築関係者の皆さん、本を売ってくださる書店員の皆さんに直接著者や編集者の声をお伝えできる場所ができたこと、嬉しく思います。これから少しずつコンテンツを増やしていきますので、今後ともご支援ご鞭撻のほどよろしくお願いします。

三井 渉

建築について考える

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>レビュー

>YA-HOUSE

設計:窪田勝文(窪田建築アトリエ)

横手義洋(建築史家・東京電機大学未来科学部建築学科教授)

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まもなく甲山を望もうかという急峻な傾斜地に、その住宅は建っていた。建物の全体構造をつかむ最初の段階で、上層階の二枚のコンクリート・スラブが目に飛び込んできた。エッジがキレキレである。シンプルな極薄板は、デザイン・コンシャスなコンピューター・メーカーがこぞって手がけるモバイルPCさながらに「アッラ・モーダ」だが、スラブ端部の斜め切りは21世紀に入ってから建築家・窪田勝文が継続的に追求してきた表現である。水平に張り出した軒先は、フランク・ロイド・ライトが見たら、きっと羨むにちがいない。シャープな軒線、そして、端部は刃のように鋭く周囲の自然風景に切り込んでいる。



加えて、スラブ下面にはコンクリートの表情がむき出しになっている。住宅を下から仰ぎ見る際、その素材感は平滑な面にはっきりと確認できる。コンクリートは建築材料でもあるが、それ以上にダムや堤防や橋梁といった巨大な土木事業に用いられる材料でもある。そうした人工的風景がわれわれにコンクリートの量塊性や重量感を否応なく刷り込んでいるわけだが、窪田は既成のイメージを思わせぶりに露出しながら、同時に刷り込まれた重量感を極薄のデザインで見事に裏切るのだ。ただ、アルミやマグネシウム合金で実現される薄型ノートPCとは違い、コンクリート・スラブを薄くしようとしても技術的には限界がある。けれども、その宿命的な厚みを前提にするからこそ、仰ぎ見る視点、端部の斜め切りが重要な意味を持つ。こうして奇跡の上演が成立する。ありえないことを目撃したときのインパクトは計り知れない。



窪田の建築は、海外でも高い注目を集めている。その評価の背後に、外国人が日本に差し向ける視線をことさらに意識する必要はないのかもしれないが、「YA-HOUSE」を見るにつけ、奇跡の極薄スラブと、紙文化=日本への憧憬が重なるような気がする。実際、上層階の極薄スラブはコンクリートの重量感を裏切るにとどまらず、もはや一枚の紙のごとく中空に浮遊して見える。外国人建築家にとって、日本の建築(とりわけ数寄屋建築)は紙と木を頼りに、組積造では到底叶えられない圧倒的な軽さと繊細さを体現してきたわけだが、昨今のグローバルなライト・コンストラクションの潮流のなかでは、木をさらに加工し抽象化した紙こそに「日本的なもの」への接続回路があるように思われる。



窪田の手がける建築には、コンクリートの素材感を示すグレー、塗装によるホワイトの2色構成が多い。こうしたモノトーン構成は、現代文化としてはミニマル・アートを、伝統文化としては枯山水や水墨画を連想させるだろう。ただ、この「YA-HOUSE」にあっては、研ぎ澄まされた還元主義の下、グレーとホワイトが一枚の紙の表面と裏面できちんと役割を分担している点が重要だ。それは、外国人に「日本的なるもの」として知られる折り紙作品が、一枚の紙の表面と裏面の色を上手に重ね合わせ、全体の見栄えを整えていることと符合する。折り紙の出来栄えをエッジのキレが左右することは言うまでもない。



住宅の全体構成にも絶妙なコントラストが見て取れる。上層階が水平方向にエッジを効かせ、スラブの浮遊感を強調していたのに対し、エントランスのある下層階は鉛直方向に力強くエッジを効かせ、住宅と大地のつながりを声高に主張しているからだ。3層分の高さを持つ二枚の壁面は、下層階に明らかな空間の方向づけをし、住空間としてプライバシーをしっかり確保するが、最上階に達するや、鉛直の空間制御は一気に無効化される。パノラマ・ウィンドウに囲まれたLDKからは、敷地周辺の緑地から遠く神戸港までが一望できる。傾斜地を刻む下層階の鉛直、斜面地に浮遊する上層階の水平、コンクリート・スラブという同じ言語によりながらもまったく異なる表現が共存する。



いまからおよそ100年前に開始されたヨーロッパ近代建築運動のなかで、鉄筋コンクリート、鉄、ガラスという技術的な後ろ盾を得、建築は世界中どこでも通用する工業生産物となった。ル・コルビュジエが提示したドミノ・システムは、スラブの積層、カーテン・ウォール、パノラマ・ウィンドウ、いまなお建築の姿を規定し続けている。「YA-HOUSE」のコンクリート・スラブは技術的に言えばドミノ・システムの範疇にあるが、それを紙のごとく薄く見せるための処理は実にマニエリスト的である。モダニズムがベースとした工業的前提を建築の成立要件としては真摯に受け止めつつ、建築の魅せ方としてはその制約を完全に逆手に取っているからだ。
工業化の申し子であるモダニズムは、建築家がちょっとでも油断しようものなら、あっという間に作品から表現力を奪ってしまう。21世紀の建築は、一頃懸念された場所性の回復や自然環境への配慮を視野に入れ、果敢に新たな挑戦をしている。要するに、建築が表現力を失わないためのギリギリの闘いを強いられているのだ。コンクリート・スラブの厚みをあえて無効化する窪田の挑戦についても、モダニズムの意義を真摯に受け止める者の宿命的闘いに相違ない。そうした闘いを続ける建築家の張りつめた緊張感が、鋭く尖ったスラブの先端にはある。

                              横手  義洋
                      図版提供:窪田建築アトリエ
横手義洋

横手義洋(建築史家・東京電機大学未来科学部建築学科教授)

1970年生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。2002年東京大学助手、2011年より現職。
著書に『イタリア建築の中世主義』(単著、中央公論美術出版)、『近代建築史』(共著、市ヶ谷出版)など。
専門:建築史
窪田勝文

窪田勝文(建築家・窪田建築アトリエ主宰/山口大学 非常勤講師)

1957年 山口県岩国市生まれ
1981年 日本大学工学部建築学科 卒業
    (株)K構造研究所 勤務
1988年 窪田建築アトリエ 設立
国内外、受賞歴多数

http://www.katsufumikubota.jp/
YA-HOUSE
所在:兵庫県

設計・監理
建築:窪田建築アトリエ 担当/窪田勝文、樋崎和也、窪田知紗
構造:なわけんジム 担当/名和研二、下田仁美

規模
敷地面積:888.54m2 
建築面積:180.88m2 
延床面積:239.11m2
建蔽率:20.95%(許容30%)   
容積率:18.42%(許容80%)
主体構造:鉄筋コンクリート造
階数:地上2階、地下2階
竣工:2015年 5月