建築の本をつくるしごと

建築の魅力を真摯に伝えるために

 当サイト「Architectural PRIDE 建築の本をつくるしごと」は、出版社のオーム社で建築本を担当している企画・編集者/ 三井渉によって発信されるWebサイトです。

 学生時代、私は本を通して建築を好きになりました。読む側からつくる側になったとき、自分がつくる本を手に取ってくださった人には、少しでも建築を好きになってくれればと思いを込めて本をつくっています。本づくりは短いもので1年。長いもので数年かかります。手に取ったときの重み、紙の手触り、めくる紙のコシ、インクの載り……。それらが織りなすものづくりは大変に奥深く、また楽しいものです。

 当サイトでは、著者からのメッセージや本づくりの裏側など、編集者だから発信できる情報をお届けします。さらに、建築家や建築史家などの方々にご協力を仰ぎながら、「建築について考える」と題してまとめた“論考”や“レビュー”を定期的に掲載していきます。

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三井 渉

建築について考える

建築について考える

>論考

>建築に「強度」を宿すために

―今日的な『ガラスの家』としての『波板の家』

山下大輔(建築家・山下大輔建築設計事務所)

建築に「強度」を宿すために-1 建築に「強度」を宿すために-2 建築に「強度」を宿すために-3 建築に「強度」を宿すために-4

1・2階の「公」的空間の5.4mというのはいうまでもなく尺貫法で「三間」であり、この空間は三間四方の「九間(ここのま)」の平面となる。この大きさを確保したのは、『間(ま)・日本建築の意匠』(SD選書/鹿島出版会/1999)において神代雄一郎が指摘するように、日本建築の意匠に伝統的に多く用いられ、人間的尺度で人が集まる場として理想的な空間とされるスケールへの参照を考えたからだ。





また、この「公」的空間には、完全に内部化された部分の外側に大きな「半外部空間」が取り巻く。鉄骨の軸組空間の中で、内側のアルミサッシと外側の半透明のポリカーボネイト折戸建具の開閉により、内と外の環境が可変的かつ流動的となり、空間の性格を変えながらフレキシブルな利用を可能にする「中間領域」として位置づけている。これらの半外部空間は、「開口部」として周りの事物への触手としての役割はもちろんのこと、厚みをもった「空気層」として淡くやわらかな光や穏やかな風を導き入れると同時に、熱環境などの調整装置としての役割にも期待しており、建具・障子・縁側といった構成言語の現代的な再解釈を考えている。つまり、われわれの身体に内在する日本建築のもつ「尺度」や「構成」の特性から、周辺に多く存在する家屋との「空間性」の文脈に応答させるための考察であった。



また、外装の仕上げとしてガルバリウム鋼板やポリカーボネイトの波板などの工業規格品が採用されたのは、周囲をよく観察していると気が付くのだが、この地域の家屋や倉庫、工場などで数多く使用されている金属板やトタンなどの素材への応答を考えたからだ。外構で使用される庭石やブロック塀もまた同様である。これらの素材へのアプローチは、この地域の人々の記憶にある「テクスチャ」の文脈に応答し、現代的な視点のもとで捉えた土着性を創出すべく行った造形的実践であった。

内部の「公」的空間の仕様についても、構造体のH形鋼などの鉄骨フレームが露出し、階段や手摺には、丸鋼や平棒、アングル、そしてチェッカープレートやワイヤーメッシュなどの鋼材、仕上げにはラワン合板や足場板、サッシュレスに見える大判ガラス、照明には裸電球を用いて、建築全体のインダストリアル・ヴァナキュラーの意識に共鳴するイメージやディテールを徹底させている。
一方で「私」的空間や水回りなどの機能空間は、一転して記号的に抽象的な「白」い仕上げとし、独立したホワイトボックスが、内部の風景をつくるさまざまなエレメントと並置されて鉄骨フレームの間にそっと挿入された構成としている。

このような建築を設計したわけであるが、冒頭の話に戻る。
ケネス・フランプトンによる『ガラスの家』に関するいくつかの論考(Perspecta/The Yale Architectural Journal/1969)(MA②/A.D.A.EDITA Tokyo/1998)で示されているように、その建築の独創性として、<articulation(分節があること)><transformation(交換できること)><transparency(透明であること)>の三つの様相を挙げている。つまり、工業規格品を用いたモデュール化やコラージュによる手法で構成され、変幻自在にエレメントが可動して場が置換される、光がふんだんに溢れる空間。そして、人間的尺度にも重きを置いた何かジャポニズム的な雰囲気も感じる空間。その空間の在り方は、『波板の家』との「相同性」を感じずにはいられない、としたら言い過ぎだろうか――。



ミース・ファン・デル・ローエの『ファンズワース邸』(1950)や『I.I.Tキャンパス』群の構成やディテールがもつ建築の「気品」は参考にすべきことは大いにある。しかし現代においてはやや高級で「貴族」的すぎる。アリソン&ピーター・スミッソンの『ハンスタントンの中学校』(1954)は「モノ」の直接的で生な在り方は魅力的で個人的な趣向でもある。しかし現代ではブルータリズムの思考はどうも「即物」的すぎて、住宅にはいささか乱暴な手段な気がする。では一連の『ケーススタディハウス』群はどうだろうか。パッチワーク的でラフなつくり方と開放感は近頃の「気分」を象徴してはいるが、それでは現代に「楽観」的すぎる。そこで時代をさらに遡り、『ガラスの家』である。

20世紀「工業」化住宅のプロトタイプを志向しながらも、19世紀的な職人の技によって成立している「工芸」的住宅である近代建築の傑作を見直すことは、昨今忘れがちな「強度」をもった「建築」をつくる上で有効な方法論を示してくれるように思えてならない。少なくとも、縮退の時代と言われ、「建築」を試行することが困難で綿密に構築することを評価されない時代のいま、『波板の家』を設計する過程で『ガラスの家』が大きな勇気とほどよいバランス感覚をわれわれに与えてくれたことは間違いない。それは換言すれば、今日的な『ガラスの家』をこの場所につくると『波板の家』となって目の前に現れた、と言うことができるのかもしれない。
山下大輔

山下大輔(建築家・山下大輔建築設計事務所)

1976    東京生まれ 金沢育ち
2000    早稲田大学理工学部 材料工学科卒業
2001    早稲田大学芸術学校 建築設計科卒業
2001-12  鈴木了二建築計画事務所 勤務
2007-12  早稲田大学芸術学校 客員講師
2012-   早稲田大学芸術学校 非常勤講師
2012-   山下大輔建築設計事務所 設立